阿蘇縦走

2006.11.04 快晴

長陽駅⇒垂玉温泉⇒草千里⇒烏帽子岳⇒杵島岳⇒砂千里⇒中岳⇒高岳⇒東展望所⇒仙酔峡⇒宮地駅



赤い軌跡はGPSで測定した実際の縦走路

断線しているところは木立等で衛星からの電波を受信出来ない登山道
毎年紅葉の季節になると阿蘇路をのんびりと歩いている。
今年は阿蘇五岳の中、四岳を縦走した。
ふと、5.6年前「男の料理教室」に同じく通っていた登山の大先輩が、「昔はアータ、汽車でナ、立野・長陽まで行って草千里、高岳に登って、そして宮地に下りてまた汽車で帰っとったとタイ・・・・・」  
それからあの夏目漱石先生も内牧から火口まで歩き、そして小説「二百十日」が生まれているのだ。
おりしも今年は小説「二百十日」「草枕」が誕生して100年、舞台となった天水町や教鞭を執った熊本大学そしてここ阿蘇を中心に盛大に100年祭が行われている。
ならば今年はやはり昔ながらのスタイルで登らなければならないのではないか。
そんな訳で今回は久々にJRを利用して深まり行くそして雄大な秋の阿蘇路を歩いた。
05:18

JR南熊本駅発
闇に包まれた駅からの乗客3名
06:05

立野駅着
JR豊肥線立野駅で南阿蘇鉄道「高森行き」に乗換えて長陽駅からスタートの予定だが・・・・・
「真さん、見たまえ、乗り換えの高森行きがいないよ」
「おや?この前はこここでちゃんと待機してたのにね、一体全体どうなてるんだい、圭さん」
「ほれ、待合室の時刻表にもやっぱり6:06発となってるよ、ご覧」
「 ははーん、さては運転士、寝坊したな!」

5分待っても10分待っても列車は来ない
用たしを終えて待合室に戻ると
「圭さん、圭さん!見てご覧、端っこに但し書きがあるぜ」
よく見ると時刻表の備考欄に「※運転日に注意」と記され、更によく見ると欄外に「※土日祝祭運休」と細かな文字を見つけた。

「しまった!見逃した。君も気づかなかったのかい? 全く落ち度だね」
二人は仕方なく未だ明けぬ立野の駅を出た。

立野⇒湯の谷⇒草千里というコースもあるが、今回は長陽⇒垂玉⇒草千里の秋の阿蘇路と決めていたので、結局駅に1台だけ待機していたタクシーで長陽駅まで1300円のところ1000円で交渉を成立させた。

「運転士さん、以前は確かに高森行きが待ってたよね」
「はぁ、左様で。ばってん2年位前から始発は土日が運休となったとです。それだけじゃありまっせん、最終も1便無くなってしもたとですたい。そるだけん、高森の人はみんなバスばかり利用しとりますたい。第3セクターというのにこれじゃぁ発展しませんゼおきゃくさん・・・・お陰で私達もこげん朝はようから出とるとですたい」

タクシーは曲がりくねった細い道をスピードを上げて長陽駅に向かって走る。
ヘッドライトで照らされた数メートル先以外は霧に包まれ視界がきかない。

「運転士さん、今朝はやけに霧が深いね」
「なあに、今の時期毎朝こんな具合でさぁ。お天道様が顔を見せりゃぁ蜘蛛の子散らすようにどこかへ消えちまいますたい」
06:42

長陽駅発
 長陽駅

 ここから、秋の阿蘇路、縦走の始まり〜始まり

「しまった!」
ひんやいとした朝きりに包まれた長陽駅からスタートして間もなくつい甲高い声を発した。
「またしまったかい、君のしまったは聞き飽きたよ。今度はなんだい、タクシーに財布でも忘れたのかい」

「GPSのスイッチを入れ忘れた」
「なんだそんなことか、今からだって遅くないだろう、せいぜい5.6百メートルの距離じゃないか、全く」
「いや、真さん、君は元来大雑把な気性だからそんな呑気なことを言ってるけどね、人生間違ったと気づいたらやり直すということが大事なんだよ、山だって路に迷ったら必ず元に戻る、そうだろ」
「君も苦労性だね、苦労性というより貧乏性と言ったほうが正しいかもしれない。どちらにしてもGPSなんかに頼ろうとするから遣り損なうんだよ、まさか駅に戻る腹積もりじゃないだろうね? 戻るのなら君だけにしてくれ、ボクはここで待てる」

「・・・・仕方ない、今回は真さんの意見に従ってやるか」
07:10頃 「長野」集落

「阿蘇路はすっかり秋だ、霧も随分晴れてきた」
「閑静だね、特にこの辺が一番秋らしくっていいや」

「一句できた
     刈り取りの稲田と語る阿蘇路かな 」 

「なるほど、それじゃ
     軒下の吊るした柿に照る朝日 」

「ならば
     櫨の木に彩り添えるモズの声 」

「うーむ
      霧晴れて現れいずる阿蘇路には 時を戻した故郷の秋  」

 

「君、里の方は秋の気配だったけれどこの辺はさっぱりじゃないか、季節が来れば楓の赤いトンネルなのに、これじゃまるで新緑だよ」

二人は立ち止まり緑のトンネルを仰いだ

「だって真さん、山口旅館に紅葉の状態を尋ねたら電話の先が『いつもなら見ごろは11月10日頃ばってん今年はむごう温かったけん少し遅れとります』と言ったのに真さんが、本当かどうか確かめに行こう、なんて言うからこんな羽目になったんじゃないか」
07:53

垂玉温泉着

「やっぱりここまで来ると何とか色付いているね」
「チョッと早いが、秋だね」
夏目漱石先生の
「二百十日」「草枕」発表100年にちなんで
入湯料210円なり
(山口旅館)
08:08
 
垂玉温泉発
「下田草千里歩道」

これより草千里へと向かう
歩道より南郷谷を振り返る

後方は外輪山、右端は俵山(1094m)
左の小高い山は夜峰山(913m)

楽に働けば金が要る。不平を述べれば跳ばされる。黙っていれば忘れられる。兎角この世は住みにくい。住みにくさが高じると山に登りたくなる。山に登れば下界の諍いを忘れる。

そんなことを考えながら静かな山道を歩いていると突然二人の前方に木立から一頭の大きな雄鹿が地響きを立てて飛び出した。
「君!見たかい!」
先を歩いていた真さんが声を上げた。
「見た見た! あれは真さん、鹿だぜ、馬じゃないよ」
「ボクはね君、鹿と馬の区別はちゃんとつくよ。馬鹿じゃないんだから。それにしてもでかかったね、地面がドンドンと揺れた!」

一瞬の出来事だった。次の瞬間身を翻して大きな尻を二人に向けて鬱蒼と茂った木立に消えた。
そしてどこからともなく「ヒ−ン ヒーン ヒーン」と威嚇するような鹿の鳴き声が辺りに響き渡った。

「前回も丁度この辺でキツネに遭遇したね。あのフワフワとした毛並み覚えているかい」
「あの時も一瞬だったね。一瞬だったけどお互い見つめ合ったよね、それにしても綺麗な狐色だったね」
「そういえばタクシーの運転手が言ってたね、たまに駅に猿が降りてくるって」
「リュックサックを背負った猿や狐や狸達にはよく遭遇するけど本物の森の住民に出会うと鳥肌が立つよね」

真さんが興奮ぎみに森の住民が消え去った藪を見つめた。 
09:43

草千里着

 草千里

 静かな木立を貫けると突然賑やかな音と風景が飛び込む。
 後方は火山博物館・レストランと杵島岳。
烏帽子岳

中央が登山道
10:20

烏帽子岳登頂
烏帽子岳山頂(1337m)より中岳(火口)・高岳を望む。

山頂には熊本市から来たとうい熟年夫婦が一組。
烏帽子岳山頂

草千里の後方のがこれから登る杵島岳
後方は北外輪山
草千里

後方の小高い山(1157m)にも登った。
杵島岳登山道

頂上まで階段が続いたハイキングコース。
多くの家族連れで賑わう。
11:30

杵島岳登頂
杵島岳(1321m)山頂
杵島岳山頂

正面はこれから登る中岳・高岳、中央は火口。
杵島岳山頂

正面は先ほど登頂した烏帽子岳と草千里。
GPSの高度は1331mと表示している。

「圭さん、なんだかヘンだ」
杵島岳から下山途中階段横の登山道を歩いていた真さんが後ろを振り返る

「ヘンて、何がヘン?」
「足元がどうもおぼつかない」
二人は靴に視線を落とす。

「アララ、カカトが大きな口をあけてる、お腹でもすいたかな」
「君、呑気なことを言ってる場合じゃないよ。こっちは歩きにくくって仕方がない」
真さんは剥がれた靴底のカカトを不安そうに眺める。

「これでもイタリア製だぜ、全く。何か上手い手はないか、これじゃ宮地どころか砂千里までも行けやしない」
「生憎ボンドも持ち合わせていなし、括るといっても靴ヒモの予備もない。ちょいと見せておくれ」

仕方なく底をトントンと拳で叩いて、開いた靴底を思い切りビリビリと剥ぎ取った。
「これでどうだい、今日一日位なら何とかいけるだろう」
剥ぎ取った靴底を真さんに渡すと真さんは不安げに二三歩歩いて

「うん、なんとか行けそうだ」
剥がれたSirioの靴底

登山道から火口に向かう遊歩道に差し掛かると間もなく前を行く真さんに声を掛けた。

「真さん、真さんが歩くたびに左肩がカックン、カックンと落ちるからこっちまで調子がどうも狂ちまう」
「なにを云ってるんだ君、こっちはとっくに調子が狂っちまってる」

「片方の靴を一寸見せておくれ      やっぱりそうか」
真さんのもう一方の靴を引張り上げ底を確認した。

「見てご覧、こっちの方も剥がれかかってるぜ」
「アララ・・・・」
「いくぜ」
一方の靴底を力を込めて勢いよく剥ぎ取った
「調子はどうだい」

真さんは2、3歩歩いて

「うん、随分よくなった」
右足の剥ぎ取った靴底。
阿蘇山西駅から火口へ続く登山道路(車両有料)

火山ガス発生で立ち入り規制がよく行われる。
(ロープウェイ乗り場で小休止)

阿蘇火山西火口規制情報
12:50 砂千里ケ浜

「君見たまえ、とても日本の風景とは思えないね、まるで月の砂漠だ」
「僕は月に行った例が無いから何とも言えない」

「しかし、ここはいつ来ても、草木が全く無いから四季の風情に乏しい。君のオデコと一緒だハハハハ」
「失敬な! 大体だね、頭の毛がハリネズミみたいに密集しているのは元来頭を使ってない脳天気な人種の証拠だ!」

         幾千の噴火を浴びた砂原も 心迷わば熱くもなし 
正面は火口壁。この火口壁をよじ登る
火口壁

「←」を見落とさないよう注意して登る
火口壁途中から振り返る

中央は歩いてきた砂千里
左後方の山は最初に登った「烏帽子岳」
右後方の山はその次に登った「杵島岳」
火口壁稜線から中岳火口を望む

中央右が中岳第一火口
中央左は砂千里
火口壁稜線から「根子岳」を望む。
今回は展望のみ
火口壁稜線から「高岳」を望む
中岳手前から歩いてきた火口壁の稜線を振り返る
14:01

中岳登頂
「中岳」(1506m)
中岳山頂

正面は烏帽子岳


「おーい、圭さーん、圭さんやーい」
中岳から高岳に向かう途中、ふと気づくと遠くから真さんの不安げな声が聞こえてきた。
「おーい、落っこちたかい、おーい」
中岳の方に戻りながら溶岩の谷底を覗き込んでいる。

「こりゃ大変な事になっちまった。おーい、聞こえたら手でもオデコでもいいから見せておくれ! おーい」
真さんが右に左に谷底へ声を掛けている。
その背後からポンポンと真さんの肩を叩いた。

「なんだい、一体全体何処へ雲隠れしてたんだい、全く!」
「うんちょっと路、間違えた」
不覚にも正規の登山道から外れてしまった。

「何、路間違えた? もう何回ここに来ているんだ、中岳から高岳なんて子供でも迷わないぜ。運動能力が発達していれば赤ちゃんだって真っ直ぐ登れるところだ!」
「ちょっとメール打ていたら月見小屋に行ってしまった」
「何、メール!」
「うん、写メール」
「シャメール?!」
「見てご覧、こんないい天気めったに無いぜ、友達にこの景色を伝えようと思ってね」
「なんてこった。メール打ちながら登山するなんて、高校生がメール打ちながら自転車に乗っているのより質が悪い。全く心配して損した」
「へえー心配してくれたの」
「どれだけ心配したと思う、てっきり谷底深く転がって、そこで運悪く頭でも打ってノビてたら、一人じゃとても探せない。そうなると捜索隊を雇わなければならん、雇うとなるとこのご時世だ、相当料の請求書が回ってくる。もし君が打ち所が悪くてポックリいってくれたら生命保険で何とかなるが、運悪く生き延びていたらとてもその支払いは困難だ。なぜなら君は相当の貧乏だからね。そうなると当然割賦払いとなる。割賦払いには連帯保証人を出せと言ってくるのが相場だ。場合が場合だから立場上ボクにその役目が回ってくる、と言うことは当然ボクがそれを支払う羽目になる、そういうことさ」
「なーんだ、連帯保証人の心配かぁ、どうせそんなことだと思ったよ。『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候』 だよ」

「良寛も呑気なもんだ」

登山道途中の案内板

月見小屋へ行ってしまった。
GPSによる記録
14:30

高岳山頂
「高岳」 (1592m)
高岳山頂より

正面    中岳
左後方   烏帽子岳
右後方   杵島岳
左最後方 俵山

「穏やかだね、真さん」
「全く、爽やかで視界がどこまでも利くねぇ」
「ところで真さん、今日は立春から数えて幾日目かい?」
「2月4日が立春だから・・・・・・丁度9ヶ月目で270日ぐらいのもんだろう」

「今日は273日だよ」
「君、算術上手いね」
「うん、夕べから数えてた」
高岳山頂より

高岳東峰と根子岳
後方は祖母山系

「あの夏目漱石先生の二百十日は散々な日だったが二百七十三日は野分も無く天下泰平なり」

        天高く阿蘇の眺めは幾千里  

「阿蘇は二百七十三日に限る」

         大阿蘇に眺めて遠き里の秋

高岳山頂

※携帯電話(Foma)のアンテナ2本
写メールは送信不可であった。

高岳から一旦中岳に戻る。
中岳から火口東展望所へ続く「馬の背」
東展望所から中岳・高岳を振り返る
15:30


火口東ロープウェイ乗り場通過
東展望所から仙酔峡へ続く歩道
鷲が峰
16:07

仙酔峡着
阿蘇山東ロープウェイ乗り場
(仙酔峡)
後方は高岳

仙酔峡から宮地駅に降りる「仙酔峡有料道路」(現在は無料)から足跡を望む
(山にガスが出てきた)

「どこまでおいでか?」

仙酔峡からJR宮地駅に向かう道中軽自動車の運転席から年配の女性が声を掛けてきた。

「宮地駅に向かっております」
「よかったら乗らんね」
「そりゃどうも、助かります」
二人はリュックを下ろし軽の後部座席に乗り込んだ。

「今日はどちらからおいでか?」
「今日は熊本市内から汽車に乗って長陽駅まで来て、それから歩いて、垂玉温泉、草千里と駆け上り、烏帽子、杵島、中岳、高岳と歩いて宮地からまた熊本に戻ります」
説明しながらGPSを窓際に寄せた。

「それはそれは、大層ご苦労なことで」

すれ違う車も殆ど無い緩やかな下り坂を軽やかなエンジン音を響かせながら軽は下る。

「ここでいいかい」
「十分でございます。駅はもうすぐそこですから」

豊肥線の踏み切り手前で降りて最敬礼で見送ると、アクセルを踏み込んだ軽は白い煙を吐きながら、左折して消えた。
17:10

宮地駅到着
途中親切なご婦人のお陰で40〜50分時間を短縮して宮地駅に到着。

「君、コンビニが出来てる、こりゃありがたい」
「この前はコンビにどころか酒屋も見当たらずに大層悔しい思いをしたからね」

「となれば、やっぱりあれかい」
「やっぱり、恵比寿だね」

二人はゴールの宮地駅に隣接したコンビニへ飛び込んだ。

「姉さん、ビールは置いてるかい?」
「はぁ、奥の冷蔵庫にあります」
「恵比寿はあるかい?」
「はぁ、奥の冷蔵庫にあります」
「瓶かい?」
「カンです」
「あ、そう」

「姉さん、半熟卵はあるかい?」
「半熟卵はござりまっせんばてん、おでんならござります」
「真さん、半熟卵はないけどおでんならあるとさ」
「うむ、おでんね、しかたない、4個おくれ」

「姉さん、登山客は多いかい?」
「はぁ、みんな仙水峡から登りよります。ばってん宮地から歩いて登る人なぞだれもおりまっせん」
「昔はみんな駅から登っていたんだろう?」
「昔は知りませんばってん、今はおりまっせん。お客さんどこから登っておいでかい?」
「長陽駅から垂玉温泉の一寸早い紅葉を見て、草千里まで駆け上りあっちこっちの山を登って今ここに降りてきた」

「それはそれは大層ご苦労なことで」

二人は駅の待合室の硬い椅子に深く身を沈め、硬く熟した卵を肴に恵比寿で長い一日の旅の疲れを癒した。

17:49

JR宮地駅発
ボロボロになったSirioの靴底(帰りの豊肥線ディーゼル車の中)
19:15

JR南熊本着
かくして長い1日が終わったのであります。
                                                     おわり
2006/11/04  GPSの記録
移動距離 33.5Km
移動時間 08:10
停止時間 01:59
最高速度
(軽自動車速度)
57.3Km/h
移動平均速度 4.1Km/h
南阿蘇外輪山縦走 根子岳横断 俵山登山サイクリング このページのTOP HOME

根子岳縦走((鍋の平キャンプ村→日ノ尾峠→ヤカタガウド→天狗のコル→東峰→大戸根ルート→鍋の平キャンプ村)